原爆の日に黙とうなし!バッハの広島は何だったのか?

 共同通信によると、東京五輪・パラリンピック組織委員会は1日、IOCが五輪開催期間中の「広島原爆の日」の8月6日に、選手や大会関係者に黙とうを呼び掛けない方針を明らかにした。

 広島市や広島県原爆被害者団体協議会(坪井直理事長)が、黙とうの呼び掛けを要請していた。 (以上)

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 日本政府が県境を越えての旅行自粛を呼び掛ける中を、「バッハのたっての希望だ」として特例扱いを受け、7月16日に平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花した。あれは一体、なんだったのか?

 そもそも、五輪は「平和の祭典」だったはず。それでなぜ「広島原爆の日」に黙とう出来ないのか?

 原爆投下は史上最大の虐殺である。

 その原爆の犠牲者へ思いを寄せたから、バッハは広島を訪れたのではなかったのか?

 そうではなくて、権力、名誉欲が人一倍強いバッハのノーベル平和賞獲得のための「単なるパフォーマンス」だったのか?

  70年以上も経った今も苦しむ被爆者を、オノレの賞獲りのための「道具」に使うなど許せない。

 菅義偉や小池百合子がバッハの言いなりになるからと言ってこれ以上、日本人を愚弄するのは看過できない。

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