いまだに、ほとんどの日本人がこの事実を知らない!

 東日本大震災の直後に起きた東電福島の原発「水素爆発」に伴う放射能汚染。

 あの時、首相が安倍晋三なら日本地図は大きく変わっていただろう。首都圏は放射能に侵され全滅していたからだ。それを救ったのが菅直人だった。

 彼は当時官房長官だった枝野幸男が「あなたの政治生命が失われる」と必死でとめたのを振り切って、「オレの命と国民のどっちが大事なのか」と自ら福島に乗り込み、危機一髪のところで日本を救った。

 このことについては、のちに共同通信と朝日新聞がそれぞれ独自に「検証」し、記事にしたことで判明した。

 原発推進派の経産省や安倍晋三,産経、読売など右派が菅直人をことあるごとに非難攻撃するのは菅直人が原発に反対しているからだ。

 菅直人は日本の救世主である。ほとんどの日本人がこの事実を知らない。

 壮絶な菅直人首相の、当時の行動を共同通信がのちに詳しく検証し、次のように詳細に伝えた。一部を抜粋して紹介する。

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 水素爆発が相次ぎ福島第1原発事故が危機的状況に陥っていた昨年(2011年)3月15日未明、菅直人首相が東電本店に乗り込んだ際の「60(歳)になる幹部連中は現地に行って死んだっていいんだ。俺も行く」などとの発言を、東電が詳細に記録していたことが分かった。

 記録からは、東電が第1原発から全面撤退すると考えた菅氏が、かなり強い口調でできる限りの取り組みと覚悟を迫っていたことがうかがえる。本店2階の緊急時対策本部に入った首相は、政府・東電の事故対策統合本部の設置を宣言。

 「このままでは日本国滅亡だ」「プラントを放棄した際は、原子炉や使用済み燃料が崩壊して放射能を発する物質が飛び散る。チェルノブイリの2倍3倍にもなり、どういうことになるのか皆さんもよく知っているはず」と強い危機感を示した。

 さらに「撤退したら東電は100パーセントつぶれる。逃げてみたって逃げ切れないぞ」と迫った。

 東電の事故対応について「目の前のことだけでなく、その先を見据えて当面の手を打て」「無駄になってもいい。金がいくらかかってもいい。必要なら自衛隊でも警察でも動かす」と、改善を求めた。

 15日未明の段階では、2号機も水素爆発の恐れがあった。状況説明に対し、菅氏が「何気圧と聞いたって、分からないじゃないか」といら立つ場面もあった。

 菅氏は対策本部に大勢の東電社員がいるのを見て「大事なことは5、6人で決めるものだ。ふざけてるんじゃない。小部屋を用意しろ」と指示、勝俣恒久会長ら東電トップと対応を協議した。

 菅氏が撤退を踏みとどまるよう求めた発言と、対策統合本部の設置について、福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)は「(危機対応として)一定の効果があった」と評価している。

 国会の事故調査委員会では、菅氏の東電訪問時の映像(音声なし)が残っていることが明らかになった。

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 立憲民主党の菅直人元首相(75)が5日、ツイッターを更新。衆議院の原子力問題調査特別委員会の理事を頼まれたことを報告した。

 菅氏は「馬淵新国対委員長から、希望した経産委と原子力委の委員に指名され、原子力委では理事を頼まれた」と経緯をつづった。

 さらに「原子力委の与党議員の多くは原発再稼働派が多い。電力供給は原発ゼロ、再生可能エネルギー100%で十分可能。いまだに原発回帰を主張しているのは目先の利権がらみとしか思えない」とし、原発に頼らず再生可能エネルギーで十分に電力供給できるとの見解を示した。  (以上 東京スポーツ)

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