「新聞は出て行け」と首相!「出よう」と記者団!

 1962年から始まったNHKのテレビドラマ「事件記者」は、平均視聴率40%を誇る超人気番組だった。

 正義感に溢れ、不正を許さず、どこまでも悪を追いかけるー。子どもたちは、このドラマを見て新聞記者に憧れた。だが記者は司法試験をしのぐ超難関の狭き門だった。

 新聞は「社会の木鐸」と言われ、「気骨」があった。庶民から絶大な信頼を得ていた。

 そんな時代を今のサラリーマン記者は知らない。彼らには記者としての「誇り」や「自負」もなければ、「責任感」や「使命感」のカケラも感じられない。単なる勤め人である。

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毎日新聞 <メディアの戦後史>を紹介する。

 沖縄の本土復帰から1カ月後の1972年6月17日土曜日。佐藤栄作首相が7年8カ月の長期政権の退陣を発表し、首相官邸で記者会見に臨んだ。

 「テレビカメラはどこかね」。会見場にびっしりと顔を並べた新聞記者たちを前に、首相はけげんそうな顔をした。「新聞記者の諸君とは話をしないことになっていたんだ。

 ぼくは国民に直接話をしたいんだ。新聞になると違うんだ。偏向的な新聞が大嫌いなんだ。帰ってください!」。首相は話が違うといわんばかりにそう言うなり、引っ込んでしまった。

 竹下登官房長官の取りなしで首相は会見場に戻ってきた。「そこで国民の皆さんにきょう……」。言いかけると、前列の記者が声をかけた。「総理、それより前に……。先ほどの新聞批判を内閣記者会として絶対に許せない」

 「出てください。構わないですよ」。間髪を入れずに首相はテーブルを右手でたたき、大きな音が立った。

 「それでは出ましょう」。記者は応じた。一瞬置いて別の記者が「出よう、出よう」と呼応した。ぞろぞろと席を立っていく記者を首相は目を見開いてにらみつけた。

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