洋服ダンスに食器棚からアイロン、傘まで寄付!

 2011年3月11日の東日本大震災から10年。この機会に、翌年の2012年04月05日に書いたブログ「半歩前へ」を再録する。

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 洋服ダンスに整理ダンス、本箱、本棚、扇風機、トイレットペーパー・・・。市の社会福祉協議会の若者3人がわが家にある品々をトラック2台で運んでくれた。

 被災者は自分の名前が貼ってある家具を見つけて「これ、3階の○○号室にお願いします」と声を上げた。

 JRの駅近くに立ち並ぶ東電の社宅。ここが原発震災で被災した方たちの疎開場所である。東電が自ら提供したのではない。地元の人たちが空き家のまま何年も放置した社宅に気づき、市を通して東電に申し入れた末に、やっと実現。

 東電の社宅周辺の市民が寄付を集め、各部屋に照明器具を取り付け、ボランティアが拭き掃除をして、受け入れ態勢を整えた。

 東電はあれだけの大災害を起こしながら、多くの空き家があることさえ被災者に教えなかった。東電とはそういう会社だ。

 当面の住まいは確保したが、衣類の収納などとても手が回らず、ポリ容器に収納。食器は100円ショップで買いそろえたとのことだった。被災者は一瞬にして、すべてをはぎ取られた。

 三陸の町が消え、津波によって原野と化した映像を見て、敗戦直後の焼け野原の映像と二重写しになり、心が裂けた。

 「3・11」は私の人生観を一変させた。生涯忘れることが出来ない悲劇である。

 「もし自分が被災していたら」と考え、年金生活の身で金はないが出来ることは何でも手伝おうと決めた。

 一番小さい本棚1つだけ手元に残して、空になった本箱2つ、本棚3つをタンスなどといっしょに社宅に届けた。以前、冷蔵庫を運んでくれた市社協のAさんにお願いしたところ、トラック2台で運搬してくれた。

 おばちゃんたちが「うちは2階のどこそこ」と言うと、2人係りで家具を抱え、狭い階段を上がった。力仕事は若い人にはかなわない。有難い助っ人たちである。3人に改めて感謝。

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