1937年の南京事件で新たな「真実」が見つかった!

2015年10月27日のブログ「半歩前へ」の再録。

30万人は蒋介石が置いていった

 21世紀経営創造コンファレンスの原優治・代表世話人議長が「南京事件(1937)の真実とは何か」についてフェイスブックで見解を述べている。中国側の発表の30万人は、当時の国民党軍のボス、蒋介石が本体を逃すためにわざと、「置いて行った」というのだ。

 だとすると、これまでの中国共産党が主張していたこととは全く異なる内容となる。

 国民党軍は中国共産党率いる赤軍(人民解放軍)と戦争していた。「国共内戦」と呼ばれている。

以下、原優治議長の解説である。(原文のまま)
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 何故30万人(中国側の発表)或いは2~3万人(日本側の発表)にも及ぶ犠牲者を出してしまったのか。当時の中国の首都、南京を棄てて、蒋介石率いる中国側は何故重慶目指して、中国軍の主力を移動させたのか。

 これは突然の戦略変更であり、おそらくは焦土戦略に基づく、日本との全面戦争を覚悟したためであるが、移動の命令が徹底されなかったために、南京城および周辺に取り残された数万の中国兵士は、食糧も途絶えて日本軍へ投降せざるをえなくなったが、このことに蒋介石の責任はなかったか。

 多数のおびただしい投降兵を相手側へぶっつけるというのは、独ソ戦でソ連軍が意図的に用いた戦略であった。食料や橋や道路・線路や水路などの物質のみならず人命までも犠牲にして退却していく。

 捕虜を軽蔑する日本軍へ、しかも食料に窮している日本軍へ残していくということは、どういうことになるかを蒋介石は考えていなかったのか。

 さらに南京城に取り残された兵士は軍服を脱いで一般市民にまぎれて南京から脱出しようとしてバレてしまったり、脱出したが途中で食料がなくて舞い戻って投降した者も多かったという。

 ジュネーブ条約上、捕虜としての正当な待遇を受けるには軍服を脱いではいけない。何故そうしたか。日本側は軍服を脱いだ兵士を便衣兵(スパイやゲニラやテロなどを任務とする非正規兵)ではないかと恐れたという。

 当時日本派遣軍は南京攻撃を強行したこともあり、食糧確保など兵站維持に極度に窮していた。無抵抗の捕虜を殺害することは、ジュネーブ条約ならずとも、人道上重大な犯罪になることはわかっていたはずだ。何故やってしまったか。

 南京攻防戦で多数の投降兵が中国軍(=国民党軍)から出てきた。日本軍はこの事態を予想していなかったので、現地軍幹部はパニックに陥ってしまった。自分たちが食っていくのさえ精一杯なのに、30万食もの捕虜の食料をどうやって準備できる。捕虜の集団殺戮という重大な犯罪を犯してしまったのである。

 なお、南京攻防戦で中国軍は組織的な抗戦を展開したが、その後はたいした抗戦もしないまま、日本派遣軍の主力が南京城へ迫ると、蒋介石は突然、重慶を目指して大撤退戦略を指令したのである。

 主力部隊は南京城を脱出できたが、数万ともいわれる兵士は見殺しの状態で残されてしまった。これが結果的にそうなったのか、故意に残していったのか、私は、残念ながら深い疑念を抱いているのだ。

 30万人の投降兵を日本軍へぶっつけることによって、蒋介石は日本軍の動きを一時的に封じることに成功して、中国軍主力は一目散に重慶目指して突き進んでいけたのではないかとも考えられる。

 30万人に及ぶ投降兵をぶっつける戦法を、蒋介石は故意にやったのではとにらんでいる。日本軍が受け取り、預かったらどういうことになってしまうのか、日本の陸軍士官学校を卒業生した蒋介石は予想できなかったとでもいうのであろうか。私は蒋介石にも、一部にせよ、戦争犯罪的なにおいを感じてしまうのである。

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