けさ午前4時に目が覚めてやったこと!

 まもなく午前4時だ。今朝はなぜか早く目が覚めたので名人、古今亭志ん朝の「文七元結」をベッドに横になりながら聴いた。何度聴いてもいい噺である。こういうのを名人芸という。志ん朝師匠は滑稽話でも人情噺でも、抜きんでた技をお持ちだ。

 落語の稽古をつけてくれた師匠が9年前に、あたしに言った。「いま、上方(大阪)と東京で800人近い本職の落語家がいるが、志ん朝師匠のような噺が出来る人はいません」

 あたしもそう思う。志ん朝師匠のような噺家は、もう、二度と出てこないだろう。DVDなどで志ん朝師匠の噺を聴いたあと、現役の落語家の噺を聞くとなんだか「アメリカンコーヒー」のように薄く感じる。今一つ、物足りなさを覚える。オモシロいと思っても感動することはない。

 「文七元結」は、登場人物が何人もいて、本職でも至難の業と言われる古典の名作だ。

 江戸でも名人と謳われた左官屋の長兵衛。ひょんなことから博打に手を出して、にっちも、さっちも、いかない借金をかかえる。負けてむしゃくしゃするとつい女房に手が出る。

 そんな様子に一人娘の、今年17になるお久が吉原に身を落として五十両の金を工面する。「おとっつあん、これで借金を返して、元のように一生懸命働いて、おっかさんと仲良くしておくれ」と泣いて頼む。

 この話を廓の女将から聞かされた長兵衛は、お久を前に「金輪際、博打はやらねえ、きっと来年の暮れにはお前を迎えに来る」と約束。

「暮れの約束をきっと守っておくれ。それまでは、お久ちゃんは私が手元に置いて店には出さない。指一本触れさせない。お茶、お花、台所など女ひと通りのことを教えます。だけど、約束をたがえたら長兵衛さん、私は鬼になります。お久ちゃんに店に出てもらいます」と女将がくぎを刺す。

 五十両のカネを懐に、吉原を後にし、吾妻橋のたもとにやって来た長兵衛を待ち受けていたものは・・・。

 ここからが、また、アッと驚く新たな展開が始まる。

 「文七元結」は歌舞伎にも、映画にもなった落語の名作だ。

 落語を一度も聴いたことがない人も是非、志ん朝師匠の「文七元結」を聴いていただきたい。感動で心が震えるに違いない。

 「文七元結」は笑いに中に涙がある。落語は笑うだけではないということがよくわかる。日本の誇る文化だ。芸術だ。

 あたしもいつの日か、志ん朝師匠の「文七元結」を習得し、高座で披露したいと考えている。

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